「類は友を呼ぶ」は事実か?
「類は友を呼ぶ」という言葉がありますよね。
昨日、経営者の方と話していて、
「『類は友を呼ぶ』というのはやはり本当なのですか?」
というような話題になったので、今回はそれを追求していきます。
結論からいってしまうと……。
僕は企業のマーケティングの支援をする仕事をしているのですが。顧問先企業などの経営者の方などの状況を見ていても、これは事実だと考えています。
成功している経営者の方は同様に成功している経営者の方らと集まって、仲間になり、そうした人同士が集まるので、より成功を遂げていきます。
それは逆も事実で。うまくいかない人はうまくいかない人同士で仲間になり、そうした人同士が集まるので、なかなかうまくいかない。
というわけで「類は友を呼ぶ」は事実です。
もちろん、同類ではない異類(異なる類)の人と近づくことはあっても、傾向としては圧倒的に同類の人といるはずです。
ここは独立起業をしている人にとっては欠かせない問題なので、現在、ビジネスがうまくいっていない人は確実に対応をする必要があります。
今回はこの「類は友を呼ぶ」を追求していきます。
「類は友を呼ぶ」の本当の意味は
まず、「類は友を呼ぶ」という言葉の意味を改めて見ていきます。
時々、「類は類を呼ぶ」という人がいますが、「類は友を呼ぶ」が正しいです。
「類友(るいとも)」と略して言う人がいますよね。まさにあの順で覚えておけば、間違いないです。「類」→「友」です。
「類は友を呼ぶ」の意味
「類は友を呼ぶ」とは次の意味です。
気の合う者や似通った者同士は、自然に寄り集まって仲間を作るものであるということ
参考:故事ことわざ辞典
気の合う者や似通った者同士が自然に寄り集まり、仲間となる。まさにここです。
特に顕著なのは、独立起業すると、会社員の人と一緒にいることが明らかに少なくなることが多いです。もちろん、業務で近いケースだったり、相手が顧客だったり、というケースでは違うのですが。基本はやはり、似通った人同士が自然により集まります。
ちなみに似たような言葉(類語)は数多くあります。
「類は友を呼ぶ」だけではないわけです。
- 「類は類を呼び友は友を呼ぶ」
- 「同類相求む」
- 「類は友を以て集まる」
- 「類をもって集まる」
- 「牛は牛連れ、馬は馬連れ」
などの言葉があります。
この中にある「牛は牛連れ、馬は馬連れ」は少し分かりづらいと思いますが。意味を説明すると……。
牛は牛連れ馬は馬連れとは、同類や似た者同士は自然と集まりやすいことのたとえ。また、似た者同士で物事を行えば、うまくいくということ
この意味にある、似た者同士で物事を行えば、うまくいく、というのはまさに「類は友を呼ぶ」の最大のメリットでもあると思います。
価値観が同じであれば、コミュニケーションはより容易になります。物事がうまくいきやすいわけです。
類は友を呼ぶは真実か
ここであなた自身、「類は友を呼ぶ」が正しいか。
過去の自分を振り返ってみてください。
振り返ってみれば、すぐに実感できるはずです。同類ではない、異類の人とはまず一緒にはいない。
たとえば、あなたが平均的な会社員だとします。
その場合はやはり会社員の人と一緒にいることが多くなります。成功している経営者の人とはまず一緒にはいません。
逆にあなたが成功をしている経営者の場合、平均的な会社員の人とは一緒にはいられない。
これは会社員が良いとか、経営者が良いとか。どちらが良い悪いという話ではなく。思考や行動。価値観が違うという問題の前に、話題一つだって、共通の話題がなかなかなく、お互いが疲れてしまう。
お互いに挨拶程度はできたとしても、長期間、付き合っていくことはできないわけです。
周りの5人の年収の平均の話
よく次のようなことがビジネス書や自己啓発本に書かれています。
「あなたの周りにいる5人の年収を足して5で割ってください。それがあなたの年収です」
これもまさに同じです。
周りにいる人は同類。
これは経済的な部分(年収)も同じで。
5人の年収を平均すれば、同じような年収になると語っているわけです。
もちろん、これは「類は友を呼ぶ」なので、経済的な部分(年収)だけでなく、思考や行動など、様々なものが似ています。
もちろん、「アイツと自分が似ているわけがない。細かく見ていけば違う」などと思うかもしれないですが。
確かに細かく見ていけば、個性のような違いはあります。ですが、大きく見たら、やはり「そっくり」の人が周りにはいます。
デスクワークをするような会社員の人たちは、建築現場にいるような肉体労働者の人たちとは一緒にはいられないし。その逆もない。
デスクワークをするような会社員の中でも、それぞれに似た要素をもつ人たち同士が結局は一緒にいるわけです。
「類は友を呼ぶ」についての宮本輝の言葉
「類は友を呼ぶ」を考える上で外せないのが、作家宮本輝が語った言葉です。
宮本輝は1978年に『螢川』で芥川賞を受賞した作家。
僕は社会人になった当時によく読んだ作家でした。その『命の器』という作品の中で次のように語っています。
「運の悪い人は運の悪い人と出会ってつながり合っていく。
偏屈な人は、偏屈な人と親しみ、心根の清らかな人は心根の清らかな人と出会い、そしてつながり合っていく。
『類は友を呼ぶ』ということわざが含んでいるものより、もっと興味深い法則が人と人との出会いを作り出しているとしか思えない。
仏教的な言葉を使えば、宿命とか宿業であったりする。
それは、事業家にも言える。
伸びていく人は、たとえどんなに仲が良くても知らず知らずのうちに落ちていく人とは疎遠になり、いつのまにか自分と同じ伸びていく人と交わっていく。
たくらんで、そうなるのではなく知らぬ間にそのようになってしまうのである。
抵抗しても、抵抗しても自分という人間の核をなすものを共有している人間としか結びついてゆかない。
私は最近やっとこの人間世界に存在する数ある法則の中の一つに気が付いた。
『出会い』とは、決して偶然ではないのだ。でなければ、どうして『出会い』が一人の人間の転機となり得よう。
どんな人と出会うかは、その人の『命の器』次第なのだ」
『命の器』宮本輝
以上が宮本輝の言葉ですが。
「伸びていく人は、たとえどんなに仲が良くても知らず知らずのうちに落ちていく人とは疎遠になり、いつのまにか自分と同じ伸びていく人と交わっていく」というのは、残酷な話ですが、本当に感じます。
「類は友を呼ぶ」を活かすために
では、仮にあなたがうまくいっていない場合。どうすればいいのか。
素晴らしい友を探して、そういう人と仲間になっていけばいいのか、というとこれは順番が違います。
人に優劣をつけるのは好きではないですが。
劣った人が優れた人と一緒の時間を過ごそうとしても、やはり無理があるのです。先ほども話したとおり、話題だって合わないし……。
そうではなく、まずは「自分」です。
宮本輝が語ったように自分(その人の命の器)を引き上げていく必要があります。
「類は友を呼ぶ」ということが同じような思考、同じような行動をもつ人同士が引き寄せ合うのであれば。素晴らしい人を引き寄せるためには、まずは自分が素晴らしい人間になることです。
宮本輝が最後にこう語っている。
「私は最近やっとこの人間世界に存在する数ある法則の中の一つに気が付いた。
『出会い』とは、決して偶然ではないのだ。
でなければ、どうして『出会い』が一人の人間の転機となり得よう。
どんな人と出会うかは、その人の『命の器』次第なのだ」
「出会い」は偶然ではなく必然だとしたら、自分(命の器)を引き上げることでその素晴らしい出会いを引き寄せることができるわけです。
あなたが引き寄せたい人たちを引き寄せるには、あなた自身がそうした人と同じような思考や行動をもつことが重要になってくるわけです。
まとめ
- 「類は友を呼ぶ」というのは真実
- 素晴らしい人を引き寄せるためには、まずは自分が素晴らしい人間になる必要がある。
- あなた自身が引き寄せたい人と同じような思考や行動をもつことが重要になってくる。
あなたへの質問
- あなたの周りにはどんな人がいるだろうか
- あなたは(あなたの)周りの人を素晴らしい人にしたいだろうか。そのためにはあなた自身が素晴らしい人になる必要がある(素晴らしい思考、素晴らしい行動に)