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『予想どおりに不合理』
今回、ご紹介するのは『予想どおりに不合理』。最新の本ではなく、もう随分と前の本だけど、十分に読み応えがあるはず。
行動経済学の入門書的な位置づけの本だと思うけど、さらっと読める本ではなく、内容的には濃い。それでも、マーケティングや顧客、人間の心理、行動に興味がある人は読んだ方がいい本だと思う。
表紙には「あなたがそれを選ぶわけ」とある。どうやって、自分たちのビジネスの商品を選んでもらえばいいのか、ということで悩んでいる人にもオススメ。
ただ、重要なのは読むことではなく、読み終わった後にそれを「どう使うか」。
それが重要になってくるのだけど、本当にオススメだと思う。
これを読むと「人は誰しも合理的ではないんだな」と強く実感するはず。
印象に残ったポイント
相対性の真相
「人間は、ものごとを絶対的な基準で決めることはまずない。
ものごとの価値を教えてくれる体内計などは備わっていないのだ。ほかのものとの相対的な優劣に着目して、そこから価値を判断する」
人はなんでも比べたがる。ただし、比べやすいものを一生懸命比べ、比べにくいものは無視する傾向がある。
お金に関していえば、給料が多いことと幸福感には僕らが思っているほど強い関係がないことは繰り返し立証されているということだ。
つまり、給料が多いからといって、幸福とは限らない。しかし、多くの人がより高い給料を求める。そのほとんどの理由は単なる嫉妬。
最高経営責任者の非常に多くの報酬は社会に悪影響を及ぼしている。
しかし、誰かがとんでもない報酬を手にすると、他の最高経営責任者はさらに高額を要求しようとする。社会に悪影響を及ぼしているのに、だ。
需要と供給の誤謬
人に何かを欲しがらせるには、その何かを簡単には手にはいらないようにすれば良い。
アンカリング
人が新製品を「ある価格」で購入すると、その「ある価格」にアンカリングされる。
「恣意の一貫性」というのがある(恣意というのは「偶然」の意味)。
たとえば、最初の価格が「恣意」的でも、それがいったん人の意識に定着すると、現在の価格だけでなく、未来の価格まで決定づけられる。一貫性が働くのだ。
「どこかで偶然に(あるいはそれほど偶然でなく)遭遇し、判断に影響を与えたアンカーが、最初の決断のずっとあとまで離れずに残っている」
値札そのものはアンカーにならない。
「その価格で買おう」と決断した時にアンカーになり、刷り込みが起こる。そのため、最初の決断をする時が特別な注意が必要だ。最初の決断のもつ力は、その後何年にもわたり、未来の決断に影響を与えるほど長引くことがある。
伝統的な経済学では、製品の市場価格は二つの要素(需要と供給)の均衡で決まると考える。しかし、消費者が支払ってもいいと考える金額は簡単に操作されてしまう。消費者はさまざまな品物に対する選考や支払い意思額を自分の思いどおりには制御できていない。
また、需要と供給の力は独立していると仮定するが、実際にはふたつは互いに依存している。アンカリングの操作から見えるのは、需要が供給と完全に切り離された力ではないことを意味している。
ゼロコストのコスト
リンツの高級チョコと市販の低価格のチョコがどのような売れ方をするかの実験。
- 実験1:リンツに一粒15セント、低価格チョコに1セントの値段で売る。
その結果、73%がリンツ、27%が低価格チョコを選んだ。 - 実験2:チョコの価格をともに1セントずつ下げる。つまり、リンツは14セント、低価格チョコは無料にした。
その結果、31%がリンツ、69%が低価格チョコ(無料)を選んだ。
ここから言えるのは「通常の経済理論(単純な費用便益分析)では、値下げによる客の行動に変化は起きないはずなのだが、無料になると、行動に予想どおりに変化が起きる。
自分が本当に求めているものでないのに、無料になると不合理にも飛びつく。価格設定の世界ではゼロは単なる価格ではない。ゼロの効果は単独で独自のカテゴリーをつくる。
人はお金を払う時、金額に関係なくなんらかの精神的な痛みを感じる。社会科学では「出費の痛み」と呼び、苦労して手にいれた現金を、どんな状況であれ手放すときにつきものの不快さだ。
特徴は2つ。
- 何も支払わないときは何の「出費の痛み」もない。
- 「出費の痛み」は支払金額にわりあい鈍感。請求額が高いほど痛みは大きくなるが、1ドル加算されるごとに増える痛みは小さくなっていく(感応度低減性とよぶ)。
社会規範のコスト
人間は2つの世界に同時に生きている
- 社会規範が優勢な世界
- 市場規範の支配する世界
「社会規範が優勢な世界」とは、他人のためを思った行動に、金銭等で見返りを要求しない世界。いいかえると、社交性・共同体の必要性と切り離せない社会規範によって行動が決められる世界のこと。
「市場規範の支配する世界」とは、賃金契約や購買、価格、利息、などシビアなやりとりが人の行動を決める。支払った分に見合うものが返ってくる厳格さや、独立心・独創性・個人主義を育むものだ。
この2つの世界の切り分けをうまく行わないと、うまくやっていけない。社会規範に基づき、善意で行ったことに対して金銭で返されたら誰もが不快に感じる。また、市場規範のもとで行われる取引を友人だからといって曖昧に済まそうとすると、信頼を失うことに繋がる。
社会規範と市場規範をべつべつの路線に隔てておけば、順調にいく。2つが衝突すると、たちまち問題が起こる。実際、お金のためより信条のために熱心に働く人びとの例はいくらでもある。
お金よりプレゼントの方が断然よい。報酬としてプレゼントをもらった方がそれがたいしたものでなくても、社会的交流(社会規範)の世界にとどまることができる(ただし、プレゼントの金額を口にするのはタブー)。
市場規範の場合は、お金のことを口にするだけで十分。
託児所での実験
子どもの迎えに遅れてくる親に罰金を科すのは有効か。結果は、罰金はうまく機能しないどころか、長期的には悪影響がでる。
罰金が導入される前は、先生と親は社会的な取り決めのもと、遅刻に社会規範をあてはめていた。そのため、親は時々遅れると後ろめたい気持ちになり、その罪悪感から、時間どおりに迎えに来ようという気になった。それが罰金を科すことで、社会規範を市場規範に切り替えてしまった。
遅刻した時にお金を支払うことになると、親はその状況を市場規範でとらえ、罰金が科されているのだから、遅刻するもしないも決めるのは自分となり、頻繁に遅れるようになった。
(戻しても、親は社会規範に戻らなかった。罰金もなくなったので、かえって遅くなった)。
書籍内容
「現金は盗まないが鉛筆なら平気で失敬する」
「頼まれごとならがんばるが安い報酬ではやる気が失せる」
「同じプラセボ薬でも高額なほうが効く」―。
人間は、どこまでも滑稽で「不合理」。
でも、そんな人間の行動を「予想」することができれば、長続きしなかったダイエットに成功するかもしれないし、次なる大ヒット商品を生み出せるかもしれない!行動経済学ブームに火をつけたベストセラーの文庫版。
著者情報
ダン・アリエリー Dan Ariely
行動経済学研究の第一人者。デューク大学教授。ノースカロライナ大学チャペルヒル校で認知心理学の修士号と博士号、デューク大学で経営学の博士号を取得。その後、マサチューセッツ工科大学(MIT)のスローン経営大学院とメディアラボの教授職を兼務した。また、ユニークな実験研究によりイグ・ノーベル賞を受賞している。2008年に刊行された本書『予想どおりに不合理』は、米国各メディアのベストセラーリストを席巻した。他の著書に『不合理だからすべてがうまくいく』、『ずる――嘘とごまかしの行動経済学』(いずれも早川書房刊)がある。